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《序》
《序》
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「私たちなしで、よく三十六年もやって来たね」
「いねえんじゃやってくしかないだろうが」
「お父ちゃんは黙って」
「そういういい方をするなよ」
「気がつかないの? 無駄たたいてる暇はないのよ」
母の声が急に泣くように震えた。
「暇がないって?」
私は母から父に目を移した。
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日中がまだ暑くとも、フォロワーさん投稿「彼岸花」の画像を眺めると、本当に夏は終わったんだな、と思います。黄昏時が始まると涼しくなってくる。
☕️【カフェ日々】
☕️【カフェ日々】
長野県長野市南長野諏訪町509
《自家製キッシュとパンのプレート》
🎃かぼちゃのキッシュ
🥓バターと生ハムのオープンサンド
🍅ビーツとトマトのマリネサラダ
🍄🟫いろいろきのこのポタージュ
🍎りんごの赤ワインコンポートとギリシャヨーグルト
《ドリンクとデザート》
🧊アイスコーヒー
🍮カスタードプリン
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オーナーさんワンオペの小さなカフェ。
裏通りの小さな路地、小さな分かれ道の角っこにあります。
平日のこの時間帯でも、お客様がいらして、僕を含めて「七人」でした。みんなそれぞれの過ごし方をお持ちです。お喋りや読書をしています。そして、キッチンからの料理の支度や洗い物の音が響きます。「カフェ日々」さんで実感する、僕らの幸せな時間。
美味しいものをいただいて、のんびりと好きなことをして過ごせる「心地良さ」。でも、引き戸の音が響くたびに人が去っていき、「ひとりきり」の時間が近づいてくる「さみしさ」を感じ始める。さみしくて道に迷った人びとは過去を顧みるという。僕は、ついには窓際の席で「ひとりきり」になった。黄昏時が近づいている。
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黄昏時は逢魔時(おうまがとき)ともいう。夕方の薄暗い時間帯や昼と夜の移り変わる時刻を指す。「逢魔が時」は、魔物や妖怪がうごめき始めて災いが起きると考えられていたことが由来。日没直後、空が夕焼けの残りで遠くは赤く見えるが、近くでは人影はわかるけれど暗くてそれが誰かはわからないという状況を指し、その人影がもしや妖魔や悪人なのでは、と疑わなくてはいけない時間帯とされている。
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📗『異人たちとの夏』
📗『異人たちとの夏』
山田太一
1987
1988:映画化・監督大林宣彦
2023:イギリスで再映画化
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人気シナリオライターである原田は妻子と別れ、マンションに一人暮らし。ある晩、同じマンションの住人であるというケイという女性が、飲みかけのシャンパンを手に部屋を訪ねてきた。「お近づきのしるしに、と思って」。一晩一緒に過ごしたいと言う。この日に仕事をも失いかけ、不機嫌だった原田は、彼女を冷たく追い返した。数日後、原田は幼い頃に住んでいた浅草に迷い込み、幼い頃に死別した父母とそっくりな夫婦に出逢った。原田は少年の心取り戻し、ふたりの元へ通い出す。ある日、そこで、その迷い込んだ先で、ケイを。あの晩に訪ねてきた不思議な女ケイと再会する。次第に原田は、同じマンションの「305号室」に住むというケイと愛し合うようになる。
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主人公「原田」は作者「山田太一」と同じくテレビドラマの脚本家。執筆時の年齢も同年代である。また、故郷も同じ浅草で、「原田」は12歳の時に両親を交通事故で失った、との設定となっている。(山田太一は10歳の時に母親を亡くしている。)
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想うこと
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「お前に逢えてよかった」と父がいった。
「お前はいい息子だ」
「そうだよ」と母がいう。
「よかないよ。ぼくはお父さんたちがいってくれるような人間じゃない・・・」
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「さよなら」
ほとんど見えない母がいった。
「あばよ」
父は見えなかった。
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夏が完全に終わった。彼岸花が咲いている。
黄昏時(逢魔時)は寂しくなる。
美味しいものと素敵な時間をいただいて外に出る。
ありがとうございました。
(僕は3歳の時に母を白血病で亡くしている)
「異人たちとの夏」を再読。
「カフェ日々」さんにて。
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