【雲場池】/📕『軽井沢にて』

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🦢【雲場池】

🦢【雲場池】

長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢旧軽井沢

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久し振りに「雲場池」をゆっくりと散策。

軽井沢周辺は予想通りの大混雑です。雲場池も沢山の人で賑わっていて、しかも聴こえてくるのは他国語ばかり。でも、です。でも雲場池はそれも似合う。こんな小さな池で、しかもありふれた自然情景なのですが、「軽井沢」という空気が異国情景を感じさせてくれるからです。訪れたことのない、どこかにある異国。ここは空想でしか辿り着けない場所に当て嵌まっているのではないか、と思います。単に綺麗な風景として思うのではなくて、どこかに懐かしみや親しみを感じ取ることのできる、そんな場所になっていると思うのです。四季折々の自然が美しい雲場池。かつて白鳥が飛来したことから、「スワンレイク」という愛称で親しまれています。

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旧軽井沢の奥の森に、1965年よりひっそりと佇んでいた正宗白鳥の文学碑がありました。僕は《ずっと昔》、「検索」がない時代に場所を探し当てて、「この下には故人愛用の万年筆が埋められている。」と思いを巡らせ、作品の情景を感じながら石碑を眺めていたことがあります。その石碑は、2023年05月11日、この雲場池近くに移設されました。

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[正宗白鳥文学碑]

碑に刻まれた詩

[「ギリシア調華集」(Anthologia Graeca) 第11巻53編収録]

花さらび

花のいのちは

いく年ぞ

時過ぎてたづぬれば

花はなく

あるはただ

いばらのみ

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📕『軽井沢にて』

📕『軽井沢にて』

正宗白鳥

(一九四二年三月「旅人の心」より)

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長谷川伝次郎氏の『ヒマラヤの旅』には、二万尺以上の霊峰を跋渉した時の壮快な印象が記されている。…私にも、その光景が微かに空想されないことはない。海抜三千尺に過ぎない軽井沢にいてさえ、快く晴れた朝など、ふと、下界に居る時とは生き心地の異った恍惚境にいるような感じに打たれることがある。…私は、軽井沢の大路小路を、当てもなく、あちらこちらと歩きながら、未知のヒマラヤの高原を空想し、一瞥したことのあるスコットランドの高原や、スイスの山地を追想している。

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正宗白鳥(1879〜1962)

白鳥が軽井沢に初めて訪れたのは明治時代末期の1912年である。1920年からは毎夏のように軽井沢を訪れるようになり、1940年には雲場池付近に小宅を構えた。1944年からは一家で軽井沢に疎開し、東京に転居するまでの約13年間を軽井沢で過ごす。軽井沢に関する作品も執筆しており、『軽井沢と私』『軽井沢にて』『浅間登山記』などがある。

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(この「軽井沢にて」の中で源氏物語について触れている。)

この物語のなかの人物は、男女ともまだ二十にもならぬ前から、花鳥風月のたしなみが豊かで、虫の声、木の葉のそよぎ、露の置きどころにも心を動かしているが、それとともに、ややもすると遁世を志している。

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想うこと

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男性の「私はあなたがなくては生きていられぬ」という言葉は、源氏物語の登場人物だけではなく、世界中の物語の中で登場し、美しい女性に向けて語られる。正宗白鳥は、そんな言葉を言ったこともなければ、聞いたこともない、と書いている。ただ、この地、軽井沢ではそれを聞いても不快でもなく、美しい夢のように「甚だのどか」であるとも書き記している。

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雲場池で聞こえた他国語の中に「私はあなたがなくては生きていられぬ」という言葉はあったのだろうか。僕は耳を澄ませて聴いていた。あったと思う。(僕のココロの声、と言えなくもない…《ずっと昔》の…)ここに来たこと自体が「物語」のように思うから。

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花さうび

花のいのちは

いく年ぞ

時過ぎてたづぬれば

花はなく

あるはただ

いばらのみ

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雲場池・スワンレイク・正宗白鳥文学碑・軽井沢にて。

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