序
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〔Le vent se le`ve, il faut tenter de vivre.〕
〔PAUL VALE’RY〕
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☕️【追分喫茶室】
☕️【追分喫茶室】
長野県北佐久郡軽井沢町追分607
かつての旧油屋旅館の応接間
☕️コーヒー
🥖チーズ・アプリコットジャムクリーム
(Bakery Koo ・BAKERY)
軽井沢は好きな場所です。軽井沢は嫌いにならない。
僕は気分によって訪れる場所を変えて楽しんでいます。教会巡りや雲場池周辺、アウトレットも。たまにね、悲しい気分になる時があって、そこにある「心地よさ」を大事にしておきたくて訪れるところがあります。「追分」です。油屋旅館、堀辰雄文学記念館、など。
「あちらの世界」に行けそうな気がして。「堀辰雄」の足跡を辿るのです。
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1925:大正14年
芥川龍之介、片山広子とともに追分にドライブに来る。
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1933年7月、旧軽井沢のつるや旅館滞在中。油絵を描いていた少女・矢野綾子と知り合う。
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1937:昭和12年
油屋旧脇本陣焼失。堀辰雄は「かげろうの日記」原稿を郵便局に出しに行っていて難を逃れる。油屋旅館に6月から弟と避暑に来ていた加藤多恵子(加藤多恵)と知り合う。(のちに結婚する。)
1944:昭和19年
油屋隣家に住む(昭和19年〜昭和26年)
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📘『風立ちぬ』
📘『風立ちぬ』
堀辰雄 1938刊行
「私、なんだか急に生きたくなったのね……」 それから彼女は聞えるか聞えない位の小声で言い足した。「あなたのお蔭で……」
高原の風景の中で、病に冒されている婚約者に付き添う「私」。やがて来る愛する者の死を覚悟し、二人の限られた日々を描いた物語。
堀辰雄(1904~1953)
東京都生まれ。府立三中から第一高等学校へ入学。入学とともに神西清と知り合い、終生の友人となる。高校在学中に室生犀星や芥川龍之介の知遇を得る。一方で、関東大震災の際に母を失うという経験もあり、その後の彼の文学を形作ったのがこの期間であったといえる。在学中の大正12年(1923) 19歳の時、室生犀星に誘われて初めて軽井沢を訪れた。その時の印象を、神西清にあて「道でであうものは、異人さんたちと異国語ばっかりだ。」と書き送った。以後軽井沢滞在を繰り返し、軽井沢を舞台にした作品を多く残した。
1934年、矢野綾子と婚約するが、彼女も肺を病んでいたために、翌年、八ヶ岳の療養所にふたりで入院する。しかし、綾子はその冬に亡くなる。この体験が「風立ちぬ」の題材となった。代表作「風立ちぬ」は難産の末、昭和12年(1937)冬、軽井沢桜の沢の川端康成別荘において完成させた。
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想うこと
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「風立ちぬ、いざ生きめやも。」
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僕は思っている。
この世で「愛する人と離れることのない人生を送る」そんな人は存在しない。過去にも未来にもそれを可能にできる人などいない。だから、悲しいのは僕だけではない。
わかってはいても、ここに来ると。ここはきっと。堀辰雄が見つけようとした「あの世」の入り口に近いところ。向こうの世界が微かに感じるところ。こちらからは見えなくとも、向こうからは見えているのだと、思っています。
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「一遍くらいなら構わないわ。……それにきょうはとても気分が好いのですもの」つとめて快活な声を出してそう言いながら、彼女はなおもじっと私の帰って来た山麓の方を見ていた。
✨「あなたのいらっしゃるのが、ずっと遠くから見えていたわ」
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