【消灯珈琲】/『トムは真夜中の庭で』

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☕️【消灯珈琲】

☕️【消灯珈琲】

長野県上水内郡飯綱町牟礼513-1

「17:00」からオープンするカフェ。

長野市から車を走らせて訪れました。いい時間帯っていうのがある。先にお客様が複数いて、会話が弾んでいる中にお邪魔していくのが好き。お店を出て外に出ると薄暗くなっている、が好き。

時間は変わるもの。

・・・変わらないものなんて、なにひとつない

☕️ホットコーヒー

🌽信濃町とうもろこしのスコーン

こちらのコーヒーは、別の場所でいただいたことがあります。ようやくこのカウンターでいただくことができました。メニュー表にはないスコーンもご褒美のようで美味しい。ありがとうございます。珈琲一杯で過ごした時間も小さな思い出になる。

「消灯珈琲」さんのカウンターで。

珈琲に耳をすませば、聴こえてくる。

店名を「消灯珈琲」と名付けた経緯と想いを語る、オーナーさんの声。

それは、ひとつの物語になる。

刻一刻失われていく以外にない「時間」。時間は常に自身の背後から迫ってきて、僕らは前に進んでいくしかない。追いつかれた時が「時間の終わり」。生命の終わり。明けない夜はない、というけれど、個の生命にはいつの日か明けない夜がくる。だから僕らは、闇が迫ると不安になるもの。そして、闇が始まる前に「灯」を見つけると安心するもの。明日も来ると安心ができたら「消灯」する。

止まらない時間。時間に関係するもので、変わらないものなんてない。

時間を扱った物語は、浦島太郎やリップ・ヴァン・ウィンクルなどを持ち出すまでもなく、数えきれないほどある。今宵そこから拾い上げるのは、やがて否応なく失われてゆく「子供にだけ見える世界」を描いた物語。

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📙『トムは真夜中の庭で』

📙『トムは真夜中の庭で』

フィリパ・ピアス 1958

🌻

夏の物語。弟がはしかにかかってしまったので、別の町のおばさんの家に預けられることになったトム。退屈きわまりなく、少しも楽しくない。階下の広間には、管理人のお婆さんが大切にしているという大時計があり、寝つけないままにその時計の打つ音を聞いていたトムは、それがなんと十三時を打ったことに気づいた。そんなバカな。冒険心を抑えようもなく、時計を調べに階下へ降りて行ったトムが、裏口のドアを開けてみると、昼間は狭い裏庭だったところに、見事に美しいヴィクトリア朝時代の庭園が広がっていることを発見する。広い芝生のあちこちに花壇があり、花が咲き乱れ、何本ものイチイの木が枝を茂らせていた。

伏線を張り巡らせた緻密な構成で、忘れがたい読後感を残す児童文学の名作。時をテーマにした小説の古典といわれるようになりました。「真夜中の庭」は、実際に作者フィリパ・ピアスが育った製粉工場の庭をモデルにしたものです。

🌻

広間の大時計が十三時を打つと、毎夜、その庭園を探検に行ったトムは、やがてハティという女の子に出あう。ハティが一緒に遊んでいる従兄弟たちには、トムが見えないのだが、まだ幼いハティにだけはトムが見えるのであった。

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想うこと

☕️✨🌽✨

僕らは時間の中に生きている。「子供の時間」を成長としてみるなら、時間を消費したのではない。時間という衣服を手に入れながら、そして脱ぎ捨てながら歩いている人生を送っているのだ。僕らにあった「子供の時間」はありありと思い出すことはできる。それは限りなく遠くに思い出される。辛く悲しい思い出であったなら、それは失われてしまった時間になる。素敵な思い出であれば、時間を無駄にして来なかった自身への励みになる。

思い出は時間の認識を変えてしまい、僕らの表情をも変えてしまう。

止まらない時間。時間に関係するもので、変わらないものなんてない。

・・・僕らの思い出のほかには・・・

☕️✨🌽✨

ご拝読ありがとう。

これにて「消灯」。おやすみなさい⭐

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