序
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神々の座、聖所はさびれた。だが現代にも新しい詩的な神を出現させる場所がある。人々は何も見ずに通り過ぎるだろうが、ひとたびそれに気付くならその場所の形而上学にとらえられ、戦慄と来知なるものからなる浜辺に立つ。想像と神秘の扉が開かれ、ぼくたちは影の王国へ入る。
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🌱【GREEN MARKET Shinanomachi】
🌱【GREEN MARKET Shinanomachi】
長野県·信濃町・黒姫駅前広場
🥖バインミー
🎏鯉焼
☕️コーヒー
天気予報は雨。午後から晴れるらしい…。傘を手に、ブーツを履いて、信濃町のマーケット。店舗以外の場所でお店の人たちに会えるのは、不思議な感じがします。挨拶程度のこと。でもそれがまた楽しい。小さな駅前の小さなマーケット。この小さな賑わいは、素敵な時間を生み出しています。地元の人たちに混ざって、おしゃべりもできる。…いつか、また別の誰か、この中の誰かと繋がりができるのだろうか。
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いいこと。「とある女性」…見たことある、どこだっけ、誰だっけ…思い出した!(またいつかどこかで、って外で別れた…)話しかけてみる…「モトホンヤさんの上映会でご一緒しましたよね?」
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…この世には、人はたくさんいるのに、いつもすれ違っているだけ。僕らは孤独なのだ。だから僕らは、具象を「詩」にする。「詩」は《一人称単数》だから。
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📗『パリの農夫』Le Paysan de Paris
📗『パリの農夫』Le Paysan de Paris
1926
ルイ・アラゴン(1897〜1982)
フランスの小説家、詩人
二十六歳のパリの《農夫=詩人のぼく》は、人間が明証を頼りにして推論を重ね明白な真理をつくりあげても、そんな真理に満足できたためしはない事実を思い、抽象的論理を支える明証の詭弁を告発する。明証には誤謬の黒い国が必須だ。影なしに光はありえない。1924年のパリ、オペラ座横丁。通りすぎる女たちは多彩な光のかけら、まぶしく移動する神秘と映る。
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木造バラックの「テアトル・モデルヌ」。出し物は恋愛ものだが、ここでは古代喜劇の重要な原動力である勘違い、一人数役、恋の恨み、瓜二つの人間までそろっており、原始的な劇精神が観客席と舞台との自然な一致によってまもられている。カフェ「セルタ」。実に居心地がよく、良質のワインが飲める。娼婦たちの住むアルハンブラの宮殿。二階が愛の宿、三階は家具付アパートになっているロマンチックな安ホテル。…男子禁制の洞窟にたむろするブロンドのにしきへびたち。ブロンドの海、ブロンドの風、ブロンドの百貨店。森林の地面にシャンパン酒を流したようなブロンドの苔。ブロンドの記憶。ブロンドのポエジーの奥から歌姫のナナが出てきて、しゃれた言葉を投げ、光のスカーフに包まれて歩廊を立ち去る。
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…闇から光への通路であるぼくの、戦慄のさざ波のなかの散歩はここで終わる。省察をおりまぜた散歩のはてに、ぼくはふと思う。自分はこの星明りの小枝の下で、ひとりぼっちではないのだと。
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🥖✨🎏✨☕️✨
天気予報通り、雨があがりました。短い時間でしたが楽しかったです。名残惜しくも会場出口へ向かう。「とある女性」に、またいつか…。
…ちょうど、そこで「ある女性」から声をかけられて…
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その女性は前回のマーケットではお腹が大きかった。今回は抱っこしていました。赤ん坊に声をかける。「☺️出てきたの?」…楽しい時間は人と人を繋げるチカラがある。次回のマーケットではこの子は歩いているかな。この子のママ「ある女性」、思い起こせば、この方にとってぼくは「とある男性」だった…。そこから「上映会」へと繋がっていった。
…素敵なことは、みんな繋がっていく。
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この世には数々の存在がある。人間は、星座のなかのひとつの記号にすぎぬ。《農夫=詩人のぼく》夢想する。愛の観念と、その具象の形を。それらを詩的認識をする。「詩」は《一人称単数》である。だが、二人も一人である。真象を語る世界は孤独ではない。
🥖✨🎏✨☕️✨
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