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序
《序》
蛇を半殺して捨置しかば
其夜來て仇をなさんとせしかども
蚊帳をたれたりしかば入事を得ず
翌日蚊屋の廻り
紅の血しほしたゞりたるが
おのづから文字のかたちをなして
あだむくひてんとぞ書たり
「繪本百物語/桃山人夜話参第四・第廿七」
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🐈【猫まち駅舎】
🐈【猫まち駅舎】
Cat Station cafe & bar
長野県須坂市村山254
〈ランチメニュー〉
🍔猫まちバーガー
(🥗サラダバー・🍹ドリンクバー付き)
平日にフラリ。とあるカフェで知り合った「👩🏻カフェ友さん」からのおすすめで、遅ればせながら初訪問。看板メニューのハンバーガー。美味しくいただいて、のんびりできての大満足でございます。次回はピザなどいただきたい。「👩🏻ぜひ地下に。〇〇○の世界!」もちろん地下室へいってきました。たくさん写真を撮らせていただきました。それらはリール投稿にしますね。…ここは、やっぱり「書物」が似合う。「👩🏻カフェ友さん」と、この「猫まち駅舎」のことで、話したこと。それらが繋がる書物がある。
こちらのお店は古民家再生カフェ。古きものを眺めて想いに耽るのも面白い。建物はそこそこの歴史でも、建具金物、アクセサリー、鏡などに使われている「小物」は建物の歴史よりもずっと遡ることが多い。小物は其処彼処から集まるもの。「小さいもの」には幸せが詰まっているように思う。集まると嬉しい。
…〈お金〉とは違う。そう、〈金気〉のものとも…。
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📚『絵本百物語』
📚『絵本百物語』
〈奇談集〉1841年(天保12)
著者は桃山人(ただし序の署名には桃花山人と記されている)。
「国書総目録」(岩波書店)によれば、江戸時代後期の戯作者・桃花園三千麿のこととされる。
🔖《手負蛇》竹原春泉画
東武のある村で稲荷の宮を建てるために地面を掘っていたところ、地中から蛇が現れたので、子供たちがこの蛇を細切れにして串刺しにして遊び始めた。そこへ村長が通りかかり、その様子を見て非常に恐れた。その夜、寝床の村長がふと気づくと枕元で蛇が息づいていた。驚いて人を呼んで蛇を追い払わせようとしたものの、他の者には蛇の姿は見えなかった。それ以降、村長は長らく病気に侵されることとなった。一方であの子供たちには、祟りなどまったくなかった。これは村長が感じた恐怖に応じて怨念が来たもので、求めさえしなければこうした怨念が来ることはないのだという。
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蛇は陰気を好む生物であるために執念深い性格で、傷をつけた相手には必ず仇をなすとされる。草むらに追い込む相手に対しては目に毒気を吹きかけて病気にさせ、頭を切り落とされようものなら、その者の釜に飛び込んで食中毒に遭わせるという。
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「裕福=幸福」と考え、愉快に人生を送っている人は、些か悪いことをしてお金を手に入れたあと、後ろめたく考えずに、堂々としているのかもしれないね。恐怖が祟りを呼び込むのだから。裏を返せば…恐怖を感じ始めた時から幸福が逃げていく。残るものは〈お金〉だけ。
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想うこと
💰〈急に「裕福」になっていないか〉
富が増え財は増し、次から次へと福徳が舞い込む。裕福になると欲が出てくる。欲が出ると悪念が湧く。悪念が湧けば心も乱れ、心乱れれば幸もまた逃げて行く。そのうち…。嫉妬と羨望と疑念と軽蔑とが湧き。諍いと蔑みと罵りと嘲りとが蔓延り。気がついた時には…金だけはあるものの…。…すっかり不幸になる。
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急に裕福になった?…もしかして、あの日の草刈りの最中に鎌で蛇を…。
「手負い」にさせたのではないか?
蛇は仕返しのために金気を呼び込んで…。
…幸福を奪う。
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もし「雀」が「蛇」に襲われていたら。手を出して救ってはいけない。「蛇の怨」はおぞましい。「慈悲と正義の心が放ってはおけない」のであれば、雀を助けてやればよい。但し、「蛇」が仕返しにこないように徹底的に「細切れ」にしないといけない。そこまでしてこそ。
…「雀の恩」は、ずっと小さいけれど「幸せ」になれるかもしれない。
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2025年の干支は「巳年」
(ずっと小さくとも)いいことがありますように😉
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