お店:🍲【こくや】(小川村)/随筆:📗『高きへ憧れる心』(与謝野晶子)

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🍲【こくや】(小川村)

長野県上水内郡小川村高府8982−3

🍲鍋焼きうどん

山々は、もう雪。

本格的な装備を持たない僕は、もうシーズンオフ。

それでも、と近い山に登ってきました。長野市から登山口まで車で40分ほど。

⛰️虫倉山 1,378m

下山後に小川村の「こくや」さん。

地元に愛されている食堂です。うどんが美味しいお店です。

帰り道、天気が良くなってきたので。

⛰️富士の塔 999m

長野県長野市塩生

こちらも低山ですが景色がいいところ。住んでいる町を見下ろすことができる穴場スポット。車で頂上付近まで行けるところ。ですが、おすすめしません。かなりの悪路です。冷や汗をかきながらの運転になります。

😓

僕ら人間の心を幾分でも満足させることは、唯だ高い山に登る以外に方法がないように思う。日中の青空も夜間の星空も、仰ぐと美しい。ところが、どんなに高い山へ登っても、見上げた天は、地上で望んだのと同じに依然として高い彼方にある。僕ら人間は高い山へ登ってくるだけで、余りに孤小な存在だと感ぜられて寂しくなっているのだとも、思う。

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📗『高きへ憧れる心』

与謝野晶子 

(昭和七・六・一〇)

人間は大抵平地に住んでいる。それで天とか山とかを仰いで高い所へあこがれる心を、悠久な大昔の野蛮人が既に持っている。高い所に在るものは太陽でも、雲でも、月や星でもすべて美くしいものに感ぜられる。美くしいばかりでなく、気高いもの、偉いもの、神秘なものにさえ感ぜられる…

山は如何に爽快でも其処に久しくは留まれない。人間はやはり人間が自然よりも余計に恋しい…高野山や吉野山に住んだ西行がしばしば京に帰って来たのも、こう云う人間思慕の心からではなかったか…

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🍲✨⛰️✨🌎

僕は何かと忙しくて、登山風なことを始めたのは、つい最近のこと。「高きに憧れる」と云う心もちが働いてきたのかもしれません。(ウィンドサーフィンを続けているのは「風」に乗りたいから。図書館通いを続けているのは「…」。)…いつか登山の師匠に出逢いたいものです。

🏔️

ここのところ、「ココロ」は歌人に教えてもらうことが多い。

山から帰る心は浄められている。謂ゆる六根清浄。この清く健かになった心を持って、新しく地上の生活に戻っていく…理想と行動を上手に繋げるのは「歌人」なのかもしれない。

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与謝野晶子の名字のルーツでもある「与謝」の地《京都府与謝郡与謝野町》。かつて家庭でうどんを手作りする文化が根付いていました。この文化は「石川姫うどん」として地域で受け継がれています。《与謝野町出身の僧侶「与謝野礼厳」:与謝野鉄幹の実父、与謝野晶子(本名鳳志やう)の義父、政治家与謝野馨の曾祖父》

🍲

「うどん」と「与謝野晶子」と「空に近い色」、繋げてみた✨

🍲✨⛰️✨🌎


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