【C  cafe&zakka】/『戦火のなかの子どもたち』

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☕️【C  cafe&zakka】

☕️【C  cafe&zakka】

長野県上高井郡小布施町小布施1004

暑い日々が続きます。日本人としては避けられない「戦争の記憶」を呼び起こす暑い夏。

今日は小布施町立図書館で調べ物をして「Cカフェさん」へ・・・と思っていたら図書館は休館日でして。キチンと下調べをしなかった自分のせい。蝉の大合唱の中で少し立ちすくんでから、少し早いけれど「Cカフェ」さんへ。こちらは今日はオープンしていることは調べていました。だから結果的には、今日の目的はココで、僕はココに来たかったんだな、と。

🍔ハンバーガー(1日10食)

ソフトドリンク・サラダバー付き

🧊アイスコーヒー

🥗サラダ

かつての商店のリノベーションカフェ。店内や調度品に残る古さがいい感じです。地域から、日本から失われようとしている「美しさ」があるように思います。それは自分の小さいとき、そして今いるすべての大人が「子ども」であったときのこと。なつかしい、やさしい、ココロのふるさと。このお店のどこかに、ちゃんとしまってあるように思います。

オーナーさんからお声掛けをいただいて嬉しい。前回のことを覚えていてくださりました。お客様が増えてきて、忙しいなか、ありがとうございます。オーナーさんのお名前は「ちひろ」さん。

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📕『戦火のなかの子どもたち』

📕『戦火のなかの子どもたち』

いわさきちひろ 1973

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赤いシクラメンの花は
きょねんもおととしも そのまえのとしも
冬のわたしのしごとばの紅一点
ひとつひとつ
いつとはなしにひらいては
しごとちゅうのわたしとひとみをかわす。

🖋️

戦争がもたらす惨禍に否応無く巻き込まれる子供達を描いた作品。

いわさきちひろは、ちひろの親しい画家達が集まって作った「童画ぐるーぷ車」の展覧会(1972年5月)に出品する作品のテーマを決め、3点の作品を描き上げます。タイトルは三つの作品とも「こども」とだけつけられていました。その頃の社会状況からして誰に目にもベトナムの戦火の中に生きる子どもたちの姿だということは明らかでした。どの作品も鉛筆が主体で、わずかに水彩で淡彩を施しただけのものでしたが、見る人を立ち止まらせずにはおかない強さを秘めていました。展示会に訪れた岩崎書店の編集者(小西)と会長(岩崎の心は心をとらわれ、いわさきちひろへこの3点をもとに絵本を制作して欲しいと依頼をします。ちひろは承諾し、絵本「戦火のなかの子どもたち」の制作が決まります。1972年の秋口に制作に取り掛かります。

「たけ、この絵本の構成を考えてみない?」

(たけ=松本猛、いわさきちひろの息子)

いわさきちひろは絵を描きながら松本猛に意見を求め、構成も一緒に考えました。構成刷りが出た段階でも、何点かの書き直しをして完成しました。1973年9月10日出版。

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きょねんもおととしも そのまえのとしも
ベトナムの子どもの頭のうえに
ばくだんはかぎりなくふった。
赤いシクラメンの
そのすきとおった花びらのなかから
しんでいったその子たちの
ひとみがささやく。
あたしたちの一生は
ずーっと せんそうのなかだけだった。

🖋️

1973年秋、肝臓にガンが発見され、入退院を繰り返します。1974年3月の病状が悪化し再入院。6月、猛が病室に持参した描きかけのあかちゃんの絵に、淡いグレーの目とうっすらと赤みをおびた口を描き入れ完成させます。これがいわさきちひろの絶筆となります。

1974年8月8日、代々木病院の病室で息を引き取りました。

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想うこと

🍔✨🥗✨🍔✨🥗✨

なんとなく心がなごむとき、なつかしいものに触れたくなります。ココロにもふるさとがあるように思います。自分の小さいときのことを思い出すのは辛いけど、その中に、いいことが埋もれているままになっているはずだ、とほのかな希望を探してみる。ちゃんとしまってあるのだろうか。若々しい希望は、みな打ち砕かれてしまって、その後の生き方は大きく逸れた。平和で、豊かで、美しく。でも、そんなものはハナから幻想なのかもしれないね。子どものあどけない瞳やくちびるやその心まで、世界中みんな同じ。《淡いグレーの目とうっすらと赤みをおびた口》それなのに(かつては子どもだった)大人たちがこわしていこうとする。

戦争は繰り返され、希望は打ち砕かれる。

どこか大事なところにしまっておこう。最後の希望を。

🍔✨🥗✨🍔✨🥗✨

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